アートを選んで飾る楽しみをもっと身近にするアートプラットフォーム〈conte〉がお届けする新連載コラム「THE ARTIST STORY」。普段はなかなか聞くことができないアーティストの歴史や作品作りに対する想いを伺っていきます。conteには多くの作品がありますが、1つ1つの作品にはアーティストの想いやこれまでの人生が詰まっています。アーティストを知ることでアートの楽しみ方を広げて欲しい。そんなきっかけではじまった新しい企画です。
記念すべき第1回目は、昨年行われたアートコンペティション「100人10」において、between the arts賞を受賞し、8月24日から初の個展『LGBTQ+ME』を控える、今とても勢いのある若手現代アーティストBANBU(Instagram:@banbu.daishi)にお話をお聞きしました。ユーモラスなキャラクターを主題として、作品は微笑ましくも、それだけではないメッセージ性を感じます。それでは、創作活動の背景をのぞいてみましょう。
社会人生活を過ごす中で生まれたアートへの興味
― BANBUさんはいつ頃から絵を描いたり、アートの勉強を始めたのか教えてください。
BANBUさん(以下、BANBU):僕は幼少期から、絵を描くということにそんなに興味がなかったんです(笑)。家の事情で「絵を描く」ということが集中してできる環境ではなかったので、高校生の時にwacomのペンタブレットを買って遊びながら絵を描いていたのが初めての経験かもしれません。当時は専門学校や大学に行ってアートを勉強しようという気持ちもまったくなくて、早く社会に出たいなと思っていました。でも普通に働くのも嫌だなあと思い、東京にあるデザイン系の会社に応募したんですね。そうしたらトントン拍子で内定をもらって、気づいたら東京に行かないといけなくなってました(笑)。東京で暮らすお金もまったくなかったので、その会社からお金を借りてキャリーケース1個で東京に出てきたんです。
― デザイン会社ではどんなお仕事をされていたんですか。
BANBU:デザインの仕事は本当にゼロからでした。ドローイングソフトの扱い方などを教えて貰いながら、実践として絵を描くことを学びました。そこでは3Dのデザインが中心で、3Dにする前の段階でキャラクターの下絵を描いたりアイデアを考えたりしていました。でもある時「出来上がったキャラクターではなく、元のキャラクターを考える方が自分は好きなんだ」と思い始めたんです。それが出来る職業って何なんだろうと思ったら、絵を描く人だったんです。順番が逆なんですが、そこで初めてアートを勉強してみたいという気持ちになっていきました。
BANBU:最初に体験入学した学校で出会った先生が、ギャルソンのスカートを履いた髭の生えたおじいちゃんで、めちゃくちゃ面白い方だったんです。それだけで、その学校に決めました(笑)。その先生は感覚的な授業が多くて、週に1度は美術館に行って考察をするような授業も刺激になりましたね。いろんな作家の方や画材のことなども学んでいくようになりました。そのあたりからですかね、ちゃんとアートに向き合い始めたのは。
― その後に海外留学されて、ニューヨークでも生活をされたそうですが、何か刺激はあったのでしょうか。
BANBU:ストリート・アートは刺激になりましたね。ちょうどバンクシーが話題になっていた頃です。バンクシーが入り口となって、有名なストリート・アーティストたちのグラフィティをかなり見ました。文字というより、色使いとか表現方法が綺麗だったんです。そこからポップアートに入って、さらに、奈良美智や村上隆などの日本のアーティスト作品も見るようになりました。
BANBUが描くキャラクターと作品に込める想い
― ところで、BANBUさんに大きな影響を与えたアーティストはいらっしゃいますか。
BANBU:KAWSの影響は大きいかもしれません。日常ではあまり使われないような色彩が好きなのと、アイコニック(誰にでも分かりやすく特徴的)で一目みてわかるような作風が好きです。あるいは作家ではないですが海外のアニメーションに直接的な影響を受けているのかなと思います。アニメーションに出てくるのはあくまでキャラクターじゃないですか。そんなアイコニックなものの良さって、余白があるところだと思っています。僕はその余白が好きだし、そんな余白を描いていきたいなと思っていたのかもしれません。
― アイコニックなものが持つ余白?
BANBU:リアルに人間を描いていくと、作家が伝えたいものがダイレクトに届き過ぎる感じがあって、余白という遊びが無くなってしまう気がするんです。だけどアイコニックなものは、作家が伝えたいものを変換してくれるので、受け取る側に余白が生まれてきます。その余白が「可愛い」とか「ポップ」とか言われるものになるのかなと思うんですね。
― なるほど、アイコニックなものが緩衝となって余白を生み、受け手側とコミュニケーションの幅を広げていくんですね。
BANBU:海外アニメーションが好きだったこともありますが、小さい頃から人形遊びが好きだったことも重なり、いろんなキャラクターと接してきていたんですね。そんなこともあって、キャラクターのようなアイコニックなものは身近な存在でした。でもキャラクターのことが好き過ぎて、ミッキーやピカチュウのようなキャラクターにはどこか不自然さや矛盾も感じるようになったんです。
― どういうことでしょう。
BANBU:ずっと笑顔で、負の感情を見せないのってあり得ないと思うんです。大好きなキャラクターに対するアンチテーゼもあり、僕は内側にある感情のリアルさを出せるキャラクターを描きたいなと思いました。人間を描かないけど、人間性を描きたい。そんなことを考えていた時に生まれたのが、肌の色は人間から一番遠い緑色で、少しぽっちゃりしたフォルムの〈バンブ〉です。見る人によっては色んな動物を想像するらしいんですが、この子はちょっとぽっちゃりした緑色の物体ということ以外、何者でもないんです。
― BANBUさんが描くキャラクターである〈バンブ〉にはそんな想いが込められていたんですね。〈バンブ〉が生まれてから何か変化はありましたか。
BANBU:確かにこの子を描く目的みたいなものは変化してきてますね。〈バンブ〉は3年ぐらい前から描いていますが、最初はブラックユーモアが効いたテーマの主人公として描いていたんです。それが段々と僕自身の感情を投影させた役割になってきてます。僕は以前から「愛」をテーマに作品を作りたかったんですが、「愛」というものがよくわからなくて探究心から描き始めたんです。それを〈バンブ〉に託して表現しています。〈バンブ〉は人間にはない3つの目を持っています。だからこそ世界を俯瞰的に眺めることができるし、「愛」というものを受け手側が余白を持って感じてもらえる存在になっているのかなと思っています。
BANBUの作品は「愛」で溢れている
― BANBUさんの作品は添えられた言葉に深みを感じます。作品を作る際に言葉はすでに出来上がっているのですか?
BANBU:僕の絵はキャンパスに絵の具を載せる段階で、使う色から配置まで設計図みたいに全部出来上がっているんです。僕にとって絵を描くというのは、自分の中で考えていたものを出力しているような感覚なんですね。言葉もその設計図の中のひとつですね。
― 一見、ポップな感じの「KISSED」という作品は、“僕らはキスをするたびに傷が増えていった”というキャプションが添えられています。この言葉を読んでから再度この作品を眺めると、非常に深いテーマを表している作品なのだと気付かされました。
BANBU:ありがとうございます。「KISSED」では二面性を出したかったんです。僕が気をつけているのは、自分の持っている「可愛い」とか「ポップ」という感覚のバランスなんです。ファーストインプレッションでは「可愛い作品」という表面上のきっかけで見てくれて全然構わないんです。でも、もう一歩踏み込むと「思っていたより深いな」という二段階で触れて貰えると嬉しいですね。
― 自分はBANBUさんの言葉通りに作品を見ることができました(笑)。あとBANBUさんの作品の中で描かれる絵の輪郭線の太さに強弱があります。絵が描かれるテーマによって違いなどあるのでしょうか。
BANBU:ひとつの表現に固執はしたくて、いろんなタッチだったりアイデアを取り入れていきたいなと思っています。こういうタッチだったらアクリルではなく、油彩の方がいいかなとかも思ったりすることもあります。輪郭線の違いは、伝えたいことというよりは、僕が書きたい構成を考えていたら最近の作品は太い線が多いっていう感じです。
― 「You treat me like a flower」はかなり印象に残る作品です。
BANBU:いろんな「愛」があると思うんです。例えば切り花は手入れをしないと1日か2日で枯れてしまうけど、ちゃんと面倒をみてあげれば2週間ぐらい綺麗でいてくれる。自分の考える「愛」ってそんなイメージに近いのかなと思っています。この「花のように尽くしてくれた」という意味を持つ作品では、〈バンブ〉が花瓶になって切り花との関係を作っています。そういう花瓶のような人になりたいな、そんな「愛」の関係性は素敵だなと思って描いたのがこの作品なんです。
― 花と花瓶の関係性。そんな視点で見たことがありませんでした。すごく刺激になります。BANBUさんはご自身で性的マイノリティであることを公言されていますが、「愛」をテーマにする上で作品作りに反映されたりしているのでしょうか。
BANBU:例えば映画や音楽、アートってほとんどが男女の恋愛がメインストリームなんです。でもそれは僕にはあまり刺さらないんです。「愛」をテーマにしているのに1面しか描けていないなとずっと思っていました。たぶん僕以外にもそういう人たちってたくさんいると思います。僕が描いている〈バンブ〉は人間でもないし性別もないから、平等な「愛」として拘えてもらえるんじゃないかなと思っています。直接的に人間を描いて「愛」を伝えるよりも、まったく違う生物の視点から「愛」を表現することで、これまで気づかなかった「愛」を発見してもらえたら嬉しいですね。僕はLGBTQたちが置かれてる状況の不平不満を伝えたいわけじゃなくて、たまたまLGBTQだったからこそ気づけたことを表現しているだけなんだと思います。
― 「愛」ってすごくシンプルだけど、実はとてつもなく様々な形がありますよね。これからBANBUさんが描いていく「愛」にすごく興味があります。
初の個展『LGBTQ+ME』と新作について
― BANBUさんは音楽も好きでDJなどもされているそうですが、作品制作の時に、音楽を聴いていたりしますか?
BANBU:はい、音楽は好きなので聴きながら創作することもあります。最近影響を受けたのはリル・ナズ・Xです。彼は性的マイノリティを公言している黒人のヒップホップ・アーティストなんですが、黒人のヒップホップ・コミュニティって保守的でLGBTQを受け入れていないんです。その中でリル・ナズ・Xのやりたいことを貫くその行動と、自分の弱点だった部分を武器に変えて成功していく姿に励まされましたね。
― 確かに。ブラック・コミニュティからはバッシングされながら、グラミーを獲得してます。
BANBU:日本でLGBTQの立場を表現して作家活動をする人ってまだ本当に少数なんですが、8月からの開催する僕の個展のタイトルは『LGBTQ+ME』と決めています。
― 『LGBTQ+ME』?
BANBU:僕は〈LGBTQ+〉の中にカテゴライズされたくないんです。カテゴライズされたくないから付けたのが〈ME〉という自分なんです。そんな想いも込めたタイトルが『LGBTQ+ME』です。
― なるほど。新しい問いかけですね。〈ME〉という部分がとても気になります。『LGBTQ+ME』は新作中心なのですか?
BANBU:そうです。新作は12点を予定していますが、テーマとなるのは、今回も「愛」です。僕は「愛」を表現する上でモチーフにしてるひとつに花があります。そこで今回は思い切ってキャンバスを全て花の形にしています。その花にいろんなストーリーを描くことによって、花畑のように展示してみたいなと。会場に入った時に、花屋さんのようにいろんな種類の花を見て感じて貰えれば嬉しいですね。
― 今日はその中から新作を一点お持ち頂きました。この作品はどんなストーリーが描かれているのでしょうか。
BANBU:この作品はこれまで自分が経験したことを〈雲〉に見立てて描いています。これまで生きてきた中の色んな場面で涙を流すことがありました。そういったものが雨となって恵みをもたらし、自分の歩いてきた後ろに花たちが咲いている。そんな風景をイメージしながら描いています。
― とてもポジティブな気持ちになれる作品ですね。ほかのストーリーも是非見てみたいです。
BANBU:どの方にも分け隔てなく、愛というものがその人の手の形にすっと馴染んで受け取ってもらえるような作品達になっていると思います。是非conteさんを通してアートに触れた方達には原画が持つ、絵具、顔料の力強さやパワー、温もりを感じて頂ければなと思います。基本的に作家は在廊しておりますので、お越しの際はお気軽にお声がけください、緑の髪が目印です(笑)!
― 最後にBANBUさんがconteに出展されて感じたことなどお聞かせください。
BANBU:いろんな人に知ってもらう機会があるっていうのと、絵を買うという感覚の入り口になるというのは、アーティストとして嬉しいなと思います。どうしてもアート作品を買うことって、日本では根付いていないじゃないですか。家具を買い換えるような感じでアートを捉えてもらえればいいのになと思っていたので、手軽にアートと接する入り口になって欲しいです。あとはプリントも綺麗で発色も良いので、作品と同じぐらいのサイズができたらとても嬉しいです(笑)。
「THE ARTIST STORY」お楽しみ頂けたでしょうか?BANBUのこれまでと作品作りに込める想いを知ることで、アートを楽しむきっかけの1つになれば幸いです。そんなBANBUの「今」を感じることのできる個展『LGBT+ME』について以下に詳細を掲載します。ご興味をお持ち頂ければ、ぜひ足を運んでみてください。
BANBU初の個展『LGBT+ME』
この度2021年に開催された一般社団法人日本アートテック協会主催のアートコンペティション「100人10」において、between the arts賞を授与したことで行われる個展「LGBTQ+ME」8月24日(水)から9月8日(木)まで開催いたします。
基本的に在廊しておりますが、お越しになる際はご連絡いただけるとすれ違いないかと思います! by BANBU
■会場
between the arts gallery
東京都港区元麻布2-2-10
東京メトロ日比谷線 広尾駅 1 番出口より徒歩 8 分
GoogleMaps
■会期
2022年8月24日(水)-9月8日(木)12:00-18:00
〈コンセプト〉
タイトル「LGBTQ+ME」では作者が普段、性的マイノリティーとして生活していく中で恋愛映画や過去の絵画などから生まれた疑問や部外者感と、異性愛者間ではされることのない愛のカテゴライズやラベル付のような”LGBTQ+”という言葉に違和感を抱いたのをきっかけに、+MEを付け加えることにより愛というのはもっと”自由”であるべきで、誰にもカテゴライズされることのない普遍的な愛の形をテーマにすることにしました。
展示作品は全て花をモチーフにしたシェイプドボード作品にペインティングしています。キャラクターが悩み葛藤しながら愛を育んでいく様子を1枚1枚題材を変えて描きました。花という繊細で短命な美しさを無垢な愛とし、それらにキャラクターが育んできた愛の記憶を絵描き、並べることで愛のお花畑のような展示をできるのではないかと考えました。
また”キャラクター”というのは本来断定するはずの詳細的主観を取り除き、人間でも動物でもない生物を描くことによって性別や種族、宗教などに囚われることのない普遍的な愛を表現できる手助けになると思っています。
そしてこのキャラクターが見る人によりその主観を変化させ、愛を普遍的なままに、自由に美しくこころの何処かに置いておける余白を作り出せていればとても嬉しいです。
〈プロフィール〉
1996年愛知県生まれ。三つ目のキャラクターモチーフを描く作家。
自身の性的マイノリティーの立場での経験や悩みや視点を元に、人間(現実世界の生物)ではないモチーフを使って「愛」や「性」をテーマに描くことによって、作品にする上で性別などによる部外者を作ってしまいがちなテーマをよりフラットな目線(3人称視点)で捉え、愛の多様性の大切さ、美しさ、本質を表現する事を目指し創作活動をしている。